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再び曽木の滝参上


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仕事が終ったので、再び曽木の滝にきています。昨年の台風で流された展望台も復活しています。しかしこの時間ともなると誰も居ません。あまりの孤独感で少々薄気味悪いです。特にキノコ洞窟園の猿が不気味。周りに街が無いので、本日の皆既月食は楽しみです。

今日の夕食は、ロースカツ御膳でした。
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→いいなあ、父ちゃん。
月食も見られたのかな?
そして、我が家の昨日の食卓は何だったか思い出せない母ちゃん…。

月食は、9時過ぎに奇跡的にほんの少しだけ雲間に見えました。
テレビのニュースで、皆既月食の現在の様子の中継を見た兄ちゃんが窓から外を見て発見。
すぐにまた雲に隠れてしまいましたが、テレビに出ていたのと同じ、影が少しだけ残ってる終わりかけの状態がちゃんと空に。
わあ、同じだねえ、と盛り上がりました。(当たり前だけど)
雷雨の真っ最中で皆既の月は見ることが出来ませんでしたが。
残念。

私としては、部分月食と違って、皆既月食はありがたみが違います。
ああ、皆既日食もまた見たいもんです。
(これはやみつきになります)


ところで父ちゃん、先週の東北の宿泊先では、カギをもらって部屋に入ったら、なんだか人の気配が。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」と言ったら、元気のなさそうな顔が壁の陰からのぞいたそうです。。。
慌てて謝って、フロントに戻ったら、オーナーのお母さんらしき人が
「誰も泊ってないはずだし、カギはお客さんに渡したし、あとはマスターキーしかないんだけどねえ。でも、別の部屋のカギ渡します。」と、一番はなれた部屋のカギをくれたそうです。

翌日、またフロントで聞いてみたら
「年寄りの言ったことなんで気にしないで下さい。」と、あっさり言われたそうです。

真相は何だったんでしょう?

ついでに、最初の部屋、とーっても冷房が効いていたのか寒かったそうです…。


なお、この話を聞いた兄ちゃん、表情が固まっておりました。
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by ts-kabakichi | 2007-08-29 15:03 | 父ちゃん

夏休みもそろそろ終わり

さて、兄ちゃんの夏休みも今日で終わりです。

ほうっておくと夏休みの宿題なんてヒトゴトの兄ちゃん、親も気を抜いているとやはり「追い込み」が必要になってきます。
「早くしておけばいいのに~」といいつつ、「私も早くにしておくように言えばよかったのか?」と自問自答。

まあ、去った時間は戻りません。

しかし、どう見ても親向けの自由研究のプリントを学校からもらってくるのはどうにかならんもんでしょうかね。
市内全体の自由研究のコンクールがあるのは分かるんだけど、模造紙にまとめて、貼り合わせ方はこうで…なんて、とても子どもには出来ません。
大体、漢字だらけの手紙なんで、兄ちゃんには読めない…。ので、本人も全然内容を把握できていない。

結局、親がかりじゃなくちゃできないのか、と私もあきらめ、去年まではコンパクトにファイルノートにまとめていた自由研究(規定は「私が」無視)、今年ばかりは学校の手紙にしたがって模造紙にまとめました。

字を書いているのは兄ちゃんですが、全体の構成などの指示は私。
貼ってある写真も裏に色画用紙を貼ってさりげなく縁取りを見せたりなど、どう見ても子どもワザじゃない美しい仕上がり。
こっちもチビが寝ている隙にさっさと終わらせなくちゃならないので、必死なわりには、うっかり凝ってしまいました(^^;)。

なお、タイトルは
「じょう文時代のかざりをつくる」
実家の近くの、「北海道埋蔵文化財センター」の体験学習で作った勾玉などの作り方と、そこで調べた縄文時代のかざりについて調べたことを書いただけです。

まずは、材料を選んで受付でもらったポイント券と交換します。一日10ポイントもらえます。
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次にまずは砥石で磨いて形をつくっていきます
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荒い紙やすりで大体の形を作って、
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細かい目の紙やすりで磨き、さらに研磨剤で磨いていきます。紙やすりは全部で5種類使用。
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紐を通して出来あがりです。
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この埋蔵文化財センター、去年も行ったのですが、入館料も材料費も何もかもタダ♪
しかも、駐車場は完備しているものの交通の不便なところなので、めちゃくちゃすいてます。
去年は縄文式土器のミニチュア作りました。
今年も勾玉作り、縄文の仮面作りなどいくつかのプログラムから選べました。
他に火おこしの体験コーナーなどもあり、一日遊べます。
また、図書コーナーも充実していて、まさに自由研究にはぴったりの場所。

関東だったら、たとえ交通の便が悪くても、ここまで人がいないってことはないよな~、と感慨にふけりつつ利用させてもらっております。

ちなみに、私たちが行ったのは夏休み中の土曜日。
しかし、他に来ていたのは常連らしい近所の小学生4人組。
「今日は何作る~?」といいながら、慣れた手つきで勾玉を磨き、土偶なんかを作る粘土でポケモン作ってました…。やるなー。。。
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by ts-kabakichi | 2007-08-28 01:32 | 日常

帰ってきました


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昨日、北海道から帰ってきました。

まだまだ、関東は暑いですねえ。
北海道はまだ日中は暑いものの、30度を超えることはなく、朝晩はすっかり涼しく、窓を開けては寝られないくらいの気温になりました。
快適でした…。

でも、こちらも暑さの盛りは過ぎたかなあ、という気がします。

ゴーヤーのより子も、水やり番長父ちゃんバージョンのおかげで枯れることもなく、小ぶりではありますが実も大きくなっていました。

イチゴは少しだめになってしまいましたが、これはまだ増えるので良しとしましょう。

さてさて、兄ちゃんの夏休も残り3日。
最期の追い込み?です。


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せっかくあやしているのに、弟の笑顔を見逃す兄ちゃん。

なお、機内で客室乗務員のお姉さんたちに大人気だったチビ。
ひとりのお姉さんに、愛想よくにこにこ何回も笑ったもので、別なお姉さんも台所で聞いたから、と顔を見に来てくれました。

飛行機のお姉さんに人気あるのは、今が頂点だろうなあ…。
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by ts-kabakichi | 2007-08-26 08:08 | 日常

札幌テレビ塔

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今日はいい天気なので、札幌の大通公園にあるテレビ塔に登りにやって来ました。
札幌で生まれ育った私ですが、テレビ塔に上るのは初めてです。
まあ地元民はそんなものですよね。

札幌を離れて10年。
見慣れない建物も増えましたが、やっぱり一番なじんだ街だなあ、と思います。
山も近くて、緑も多く、本当にいいところなのです。


それから、来てみたら、札幌テレビ塔、偶然今日が開業50周年の日でした!。
昨日、今日、明日と入場料半額♪
そのうえ小学生以下の子どもにはテレビ塔のキャラクター、「テレビ父さん」の金太郎飴のつかみ取りのサービスがあり、子どもたち大喜びでした。

それにしても、子どもの頃から見慣れていたテレビ塔がそんなに古かったとは驚きです。
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by ts-kabakichi | 2007-08-24 14:00

北海道コロッケ

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実家の近くのスーパーで、北海道ご当地コロッケというのが売られていたので買ってきました。

手前の黄色がカボチャ、右のはラーメン!
そして奥は、エゾシカコロッケです…。

他にもカニクリームや男爵など、オーソドックスな味のがたくさんあったのですが、ラーメンとエゾシカは異彩を放っておりました。

味はですね、ラーメンは本当にラーメンの味がして不思議。
エゾシカはちょっとにおいに特徴のある挽き肉が入っておりました。

増えすぎが問題になっているエゾシカですが、コロッケになっているとは思いもしませんでした。
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by ts-kabakichi | 2007-08-23 23:16

一口ひゃくまんえん

テレビニュースで、真珠養殖事業への投資詐欺の話を見ていた兄ちゃんが、聞いてきました。

「ねえ、真珠って食べられるの?」

「え?」

「だって、一口100万円だって。」

母ちゃん爆笑。

…なるほど。しかし高い一口だなあ。
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by ts-kabakichi | 2007-08-20 22:08

開拓の歴史村

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実家の近くの北海道開拓の歴史村に久しぶりに行ってきました。

森林公園の中の広々した敷地に、北海道のあちらこちらから移築されてきた古い建物が並んでいます。
民家、学校、役所、交番、ニシン漁で栄えた網元の大きな建物など。
開拓期の建物なので、洋風デザインのモダンなものが多いです。

その中に旅館が一軒あるのですが、私が小学生の頃の家族旅行で、まだ現役の旅館だったここに偶然泊まったことがあるのです。
当時も古い所でびっくりしましたが、歴史村に移築されると知ったときはもっとびっくりしました。それほど古いものだったとは!

写真の建物が、その来正(くるまさ)旅館です。

今は建物の中で、明治・大正の駄菓子が売られていたので、買ってみました。きなこねじりと、黒助という黒糖のお菓子。素朴な味で、子どもたちも大喜び。
余計な味が入っていなくて、おいしかったです。



追伸:コメントくださった皆さま、どうもありがとうございます。
返信は帰ってから書きますので、どうぞよろしくお願いします。
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by ts-kabakichi | 2007-08-19 22:54 | おでかけ

帰省してます

昨日から北海道に帰省しております。
関東も暑かったですが、北海道も暑いです。最近はこちらの夏も暑い日が増えている気がしますが、どうなんでしょう?
北海道に来て暑いと、非常に損した気分になります…。

それから、留守中のより子が気になる私のために、父ちゃんが「水やり番長」父ちゃんバージョンを作ってくれました。
効果のほどはいかに?
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by ts-kabakichi | 2007-08-16 07:08

戦争について 2

戦争についての続きです。

前回の記事にキッキーさんからコメントをいただいて、ひとつの言葉がとても心に残りました。

「戦争をしたい人はかやの外」ということ。

以前、評論家の斉藤次郎さんと、戦争について少しお話をしたことがあります。
普段は子どもたちと接している斎藤次郎さんなのですが、こどもが戦いごっこをするのはどうなんでしょうか?と聞く私にキッパリとこうおっしゃいました。

「戦争ごっこをしている子どもが、大人になって戦争をするわけではないでしょう?」

そうなんです。
戦争をするのは、上層部にいる人、政治家など、国を動かしている人たちなんですよね。
戦争ごっこが好きだった子どもが大人になって、自分たちがどんぱちしたくて戦争をするわけではないんです。
戦争を始める人は前線にはいないんですよね。。。

戦争をする人たちは、実際に傷つく人たちの痛みを知らないんだろうか?
利権の方が大事なのだろうか?

それから、「戦争をさせないために、私には何ができるんでしょう?」という私に
「何かしなくてはだめでしょう?いくらでも反戦集会してるじゃない。そういうところに行きなさい。」と。

そうなんですよね。
何かしなくてはならない。
でも、いまひとつ踏み出せない私もいけないんだろうな。

…でもでも、子どもたちに少しずつでも伝えていくことは出来るかな?


また、子どもに伝えるために、と一冊の絵本を紹介してくださいました。

「せかいでいちばんつよい国」
デビッド・マッキー著 
光村教育図書

興味のある方は、一度読んでみてください。

図書館にもおいてあります。



それから、父のことについて。

父は10年前に亡くなりましたが、最期のころ、モルヒネで幻覚を見るようになった頃に、はっきりとは言いませんでしたが、
「あのとき、ああしなくてはならなかったのは仕方なかったのかな」といったことを、聞いてきました。

それを聞いた私は、前後の流れから戦争中のことだろうな、とはっとしました。
だからとっさに
「それでよかったんじゃないかな?」と答えました。
そうしたら、ちょっと安心したようでした。


普段私たちには、戦争中のことでもある程度面白かった話しかしなかった父です。
でも、話すことの出来ない過酷な体験がたくさんあったはずです。
そのことの方が、ずっとずっと多かったのでしょうね。
でも、悲惨すぎて、子どもたちには言えなかったのでしょう。
思い出すのもいやだったのでしょう。

それが、50年以上たっても、人生の最後になっても、
その人の心を痛めている。

ああ、戦争と言うのはなんてひどいものなんだろうな、と思いました。
心にものすごい傷を与えてしまうものだと。


そんな体験を、「戦争をしていた人」(上層部の人)は、知っているのでしょうか?


それから、キッキーさんのコメントへの返事にも少し書いたのですが、同時期を国内で生きてきた人にも、大きな傷を与えているんですよね。

母は、同世代がたくさん亡くなっていったグアムやサイパンにはとても行けないと言います。
沖縄や広島に行くこともつらいし、原爆資料館には絶対行けないと。

一度、一緒に父が戦前に仕事で住んでいたことのあるパラオを訪れたのですが、
パラオにも戦争の後がところどころにそのまま残っています。
塩を作っていた洞窟、草地に取り残された朽ち果てた戦車など、あちこちで目にしました。

海の中に沈む戦闘機の横を、遊覧船が通りかかったとき、ガイドからその話を聞いた人たちがカメラを向け写真を撮っていました。
私も何となくカメラを向けようとしたとき母が言いました。
「とても写真を撮る気になんてなれない」と。

そのときも、はっとしました。
沈んだ飛行機がある、と言うことはそれを操縦していた人はそこで亡くなっているのです。
戦闘で亡くなっているのです。
そのことに、私は気づかなかったということがショックでした。

そして、やはり母は戦争のことを決して忘れてはいないのです。
体験としていつも抱えているのです。

戦争を体験してきた母と、話を聞いているだけの私の大きな違いだと思いました。

でも、話を聞いただけの私も、忘れてはいけない、あらためてそう思いました。
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by ts-kabakichi | 2007-08-14 07:49 | 日常

戦争について

広島・長崎の原爆投下の日、そして終戦記念日と、戦争のことを思い出す時期になりました。

私は戦争を体験した世代ではありませんが、両親が戦中世代なので、子どもの頃は結構リアルな話を聞いたり、本を読んだりしたせいか、空襲の夢なんかを見て、夢の中ながら逃げ回る怖い思いをしたものでした。

私自身は第二次ベビーブームのちょっと前の世代なので、まわりの友達のご両親は戦中の終わり頃に生まれてはいても、実際に戦時中の体験を知る親を持つ人はあまりいなくて、ちょっと特殊な環境だったかもしれません。


父は、通信の仕事をしていたので、通信兵として満州に行っていました。
モールス信号でやり取りする仕事です。
モールスは訓練しないとなかなか難しいです。

私も小学生の頃に教えてもらいましたが、覚えているのは

・-   (ト、ツー)
・-・- (ト、ツー、ト、ツー)
-・・・  (ツー、ト、ト、ト)
-・-・ (ツー、ト、ツー、ト)
-・・   (ツー、ト、ト)

上から、イ・ロ・ハ・ニ・ホです。

あと、万国共通のSOSは
確か、・・・---・・・ですね。

これを、ことばとして聞き取ると言うのは本当に難しいですが、通信手段の限られていた時代には有効な方法だったんですよね。
今でも船舶では使われているんでしょうか?
モールスが廃止されたと言うニュースを最近聞いたような気もします。

父は、かなりの年になっても、モールス信号は普通に聞き取れてました。
昔とった杵柄ですね。

そして、戦時中ですからもちろんストレートに通信文を送るわけではありません。
乱数表が並んだ暗号帳を使います。
それも毎日変わるらしいのですが、それでも後から考えると全部アメリカに解読されていたんだなあ、と言っていました。

それから、ある日のこと、頭上を大きな戦闘機が飛んで行ったそうです。
日本軍にもあんな戦闘機があるんだなあ、と空を眺めていたしばらく後から入った電文は「敵機2機そちらに向かえり」と言う内容。
ずっと前に飛んで行ったのが「敵機」だったとのこと。
情報の遅さを痛感した出来事だったそうです。

その後、朝鮮半島に移動し、終戦の日は38度線より南にいたので、すぐに帰国できたと言う話。
たまたま軍需物資をある程度持っていたので、帰国してからも軍用の缶詰などと必要物品を交換できて助かったと言う話。

そんな話をよく聞いていた子ども時代でした。

母も戦時中は勤労奉仕などに借り出され、空襲にもあったそうです。

そして、学校の寄宿舎にいたので、とにかく食べるものが無く栄養失調で体を壊したりしたようです。実家にいればそんなこともなかったようなのですが。
お弁当箱に詰めるご飯が無くて、カバンに入れると片寄ってしまうのがいやで、フタで中身を隠しながら、片寄ってしまったご飯を箸でならしてから食べていたそうです。

今のかわいい園児弁当からは考えられませんよね。


そんな時代がほんの少し前にあったことを、きちんと私も伝えていかなくては、と思うのです。
ちょうど、テレビでもいろいろな特集番組もあるので、こどもたちと一緒に見ながら話をしていこうと考えています。


ちょっと話が長くなりそうなので、また後日続きを書きます。
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by ts-kabakichi | 2007-08-10 11:44 | その他